日本でAV女優の名前を一人挙げろと言われれば、世代や好みによって答えは分かれる。
しかし、AV男優ならどうだろう。
加藤鷹。森林原人。黒田悠斗。東尼。向理来。有名な男優は何人もいる。それでも、AVを普段見ない人にまで名前を知られている男となれば、しみけんが最初に挙がる可能性は高い。筋肉質でよくしゃべり、性に関する知識が多く、テレビやYouTubeにも出る。※現在は引退

だが、それだけで約26年も男優を続け、業界の外まで知られる存在にはなれない。しみけんは、何がすごかったのか。男優として撮影を成立させる能力。身体を本番へ合わせる管理。相手と現場を読む力。そして、裏方に近かったAV男優という仕事を、自分の言葉で表へ持ち出したこと。
しみけんは、作品の中だけで有名になった男ではない。AV男優が何を考え、何を準備し、どう働いているのかまで見せたことで、AV男優の代表になった。
大学へ行かずAV男優へ
しみけんがAV男優になったのは、1998年。18歳の頃だった。当時は大学受験の浪人中だったが、業界へ入り、法政大学に合格しても通学せずに辞めたと本人が語っている。男優の仕事へ引き込まれ、ほかのことに興味を持てなくなったという。
最初から崇高な職業意識があったわけではない。本人によれば、若い頃は男優を長く続けるつもりではなく、25歳頃までは遊びに近い感覚もあった。それでも現場へ通い続けるうちに、性の奥深さや男優という仕事の難しさに気づいていく。
AV男優は、相手と行為ができれば成立する仕事ではない。撮影の段取りがある。監督が求める画がある。カメラから見える身体の位置がある。共演者の状態も、その日の現場の空気も違う。自分の気分だけで動く男は、作品を止める。しみけんは、快楽を求める側から、撮影を成立させる側へ変わっていった。ここが、単にAVが好きな男と、仕事として残る男優の分かれ目だった。
小柄なのに画面では弱く見えない
しみけんの身長は約164センチ。AV男優として考えれば、体格に恵まれた大男ではない。服を着て街に立てば、威圧感で目を引くタイプでもない。それでも作品の中では、小さく見えにくい。理由の一つは、鍛えられた身体だ。胸、肩、腕、背中が厚く、身体の輪郭がはっきりしている。単に筋肉を大きくするのではなく、撮影で身体を見せ、長時間動き続けるための体形を作ってきた。
2022年に自宅での生活が紹介された際には、当時42歳で月25本ほどの撮影をこなしながら、食事、睡眠、運動を細かく管理していることが伝えられた。食事量を抑え、仕事に合わせた食材を選ぶ生活を長年続けていたという。
撮影日に動かなければならない。求められた場面で反応しなければならない。一日に複数の現場が重なる日もあった。2015年のトークイベントでは、撮影を三現場終えたあとに登壇し、多い日には四、五現場になることもあると話している。男優の価値は、身体の大きさだけでは決まらない。必要な日に、必要な状態で現場へ来る。しみけんの身体は、そのために作られていた。
男優は自分が気持ちよくなる仕事ではない
男性がAV男優へ抱く幻想には、誤解がある。
多くの女性と関係を持てる。
好きなことをして金をもらえる。
性欲が強ければ向いている。
しかし、撮影で中心にいるのは、男優の欲望ではない。
女優とその作品である。
男優は自分の満足ではなく、決められた時間の中で、監督が必要とする映像を作らなければならない。相手役を画面の中でどう見せるか。身体をどこへ置けば、カメラを塞がないか。動きを続けながら、相手の表情や呼吸がどう変わっているか。次に何を求めているか。そこまで見ながら、自分の役割も維持する。
しみけんは、性行為を最大のコミュニケーションと表現し、相手の反応や心理を読むことの重要性を繰り返し語ってきた。技術があるだけでは足りない。独りよがりな上手さは、撮影では邪魔になることがある。求められるのは、相手を見ながら、自分の身体も画面も同時に扱うことだ。
SかMかを一つに決めない
しみけんはSなのか、Mなのか。男優のプロフィールとしては気になる項目だが、本人の答えは単純ではない。しみけんは、自分でもSかMか分からず、場面によって両方の性質が出るため、聞かれたときには「リバーシブル」と答えると書いている。この答えは、男優としての対応力にもつながっている。
作品ごとに求められる男は違う。
強く迫る男。
優しく受け止める男。
何も知らない若者。
余裕のある上司。
相手に翻弄される男。
自分の好みだけを押し通していれば、演じられる役は狭くなる。しみけんは、支配する側にも、相手に委ねる側にも回る。どちらが本当の本人かではない。必要な役へ切り替えられることが、男優としての強みだった。
なぜしみけんだけ名前が表へ出たのか
AVでは、女優の名前が商品になる。パッケージには女優が大きく写り、作品は女優名で検索される。男優は作品に欠かせない存在でありながら、名前を知られないまま終わることも多い。
しみけんは、その位置から外へ出た。
テレビに出演した。
本を書いた。
SNSで性に関する情報を発信した。
YouTubeでは、男優の仕事や身体管理、男女の悩みまで自分の言葉で話した。現在も公式チャンネルでは、約27年に及ぶ男優歴を掲げ、性に関する発信を続けている。ここで重要なのは、単に露出が多かったことではない。
しみけんは、話せた。
現場でしか通じない感覚を、一般の人にも分かる言葉へ変えた。
男優は何を準備しているのか。
性欲だけで務まるのか。
身体はどう管理するのか。
相手の反応をどう見るのか。
はたまた、粗チンでもイカせられる方法。
恥ずかしい話や笑い話に逃げず、仕事として説明した。それによって、AV男優は作品の中に映る正体不明の男ではなくなった。少なくともしみけんについては、どんな人物が画面の向こうにいるのかを視聴者が知るようになった。知識があるから話せたのではない。現場で考え続けてきたから、話す内容があった。
性の知識を芸に変えた
しみけんは、性に詳しい。
ただし、知識量だけなら、医師や研究者、専門家の方が正確な領域もある。彼の強みは、知識をそのまま並べるのではなく、自分の経験、失敗、身体感覚と組み合わせて話せることだった。専門用語だけでは届かない。下品な冗談だけでも残らない。しみけんは、その中間にいた。
笑わせながら、身体の話をする。ふざけながら、仕事の厳しさを混ぜる。性を扱っているのに、ただの変態や武勇伝では終わらせない。
『AV男優しみけん仕事論0.01 極薄!』のように、男優として得た経験を仕事論にまで広げたことも、その象徴だ。一般社会でAV男優が語れば、内容より先に職業が注目される。しみけんは、その偏見や好奇の視線を避けなかった。
むしろ、自分を入口にして、男優の仕事や性の話へ人を連れていった。
作品の外でもしみけん
しみけんは、役名ではない。作品から離れても、しみけんというキャラクターが成立している。
筋肉。
独特の言葉。
明るい下ネタ。
過剰な身体管理。
性に関する知識。
仕事への執着。
それらが一つにつながっている。
作品の中では男優。
テレビでは変わった専門家。
YouTubeでは性の疑問に答える発信者。
どこへ出ても別人にならない。
ここも、知名度を広げファンがついた理由だろう。
AVの外へ出た途端に話すことがなくなる男ではない。
男優として生きてきた時間そのものが、コンテンツになっていた。
2024年、男優を辞めた
しみけんは2024年、44歳で男優業を引退した。2025年には、男優を辞めたことについて聞かれ、「よかった」と答えている。40代でも新しい時間を持てると話しつつ、現在は無理に何かへ挑戦するのではなく、のんびり暮らしているという趣旨の近況を明かした。
以前は「死ぬまで男優」と語ったこともある。
それでも辞めた。
長く続けたからこそ、言葉が変わることもある。
引退によって、しみけんの価値が消えたわけではない。
むしろ、約26年という期間が一つの形になった。
18歳で入り、身体を作り、撮影を重ね、仕事を言葉にし、男優という存在を業界の外へ持ち出した。出演をやめても、しみけんの名前はAV男優と結びついたままだ。
しみけんは何がすごかったのか
しみけんより体格の大きな男優はいる。
違う技術を持つ男優もいる。
演技、見た目、声、女性人気など、何を基準にするかで「一番」は変わる。しみけんがすべての能力で最上位だったと証明することはできない。それでも、日本で最も名前を知られたAV男優の一人であることは間違いないだろう。彼のすごさは、男優の仕事を作品の中だけで完結させなかったことにある。
撮影へ向けて身体を整える。
相手と現場を見る。
求められる役へ切り替える。
そこで得た経験を、笑いと知識に変えて外へ話す。男優の顔が見えにくかった時代に、しみけんは自分から顔と名前を出した。その結果、AV男優を知らない人まで、AV男優と聞けばしみけんを思い浮かべるようになった。しみけんが有名なのは、出演した数が多いからだけではない。男優として働く姿まで、一つの作品にしたからである。
